2010/01/12

転ばぬ先の杖に足をひっかける

デスクスタンドライトを購入した。部屋全体を照らす明かりとしては
まだパワー不足だが、床やテーブルが識別できる程度には
明るさを取り戻した。
ただし、前以上に異常な雰囲気に包まれているため、
思わず発狂しかねないだろう。
顔が浮かび上がる。
デスクスタンドのライトに顔を近づけ、
ライトの眩しさを堪能するということだ。

部屋に篭っていると、部屋の空気と環境が異常なせいか、
体調が悪くなる。ここ一週間で2度もおかしくなった。
毛布一枚のせいかもしれないが、ひどく寒い。
エアコンは付けっぱなしなので、電気代もおそろしい。が
エアコン抜きだと凍死するだろう。
パトラッシュと共に天に召されることを「パトる」というが、
一線を越えないようにしなくてはならない。
だが、病み上がりが恢復していくさまは、少しだけ好ましい。

そのような状況下で、
三津田信三の『水魑の如き沈むもの』を読んだ。
久しぶりにミステリーを読んだ。
今となっては、特定の作家の続編を読んでいるだけで
新たな開拓をしていないので、本来ならば新たな刺激を求めて、
活動を広げるべきなのだろうが、どうも躊躇してしまう。
面白い小説に飢えているが、
特定の作家だけを選別すると、
どうしても読書期間が空いてしまうので、
できるだけ手を広げていこうと思う。

ただ、最近改めて納得したこと。
活字では映像を与えられていないため、
文章の視覚化は読者に委ねられている。
読者の想像力に訴えることによって、
その小説はリアリティを持つし、
読者の想像力が貧困であれば、
その小説は「体」を持たないものとなる。
ある一つの小説が読者によって千差万別に変幻する。
リアリティを持たせるためには、どうすればよいか。

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