2009/12/25

切れる三十路

グリーの話ばかりで申し訳ないが、
当時私は「仏の***」と言われ、
「***を切れさせたら、正真正銘の屑」と揶揄されるほど
温厚な人間だった。

今日、本気で切れそうになり、三十路ともなると、
これほど精神が不安定になるものかと思い、愕然としてしまった。
(もう歳なんですね。。かんしゃく三十路)

自分にとって大切な人を無神経にけなされると、ね。
当時の時代背景・状況も知らず、先人を敬う気持ちが欠けていたと思う。

その時代がいいとは言わないが、
彼らが必死で頑張っていたことを、現在の状況で判断するという
想像力を全く欠いている物言いが、無性に腹が立ってしまった。

この動物農場、もういやだよ~。悲しい。

2009/12/24

クリスマスイブ独白~この私にAmorを…!くっ

年末年始用に、DSのゼルダ新作と
極限脱出 9時間9人9の扉を購入してきた。
年末はこれらに加えて、マリオWiiとシレン三昧となる予定。

近所のゲオは微妙にさびれているのだが、
その分穴場で、欲しいと思ったときにいくと
大抵買えるのがいい。いつ、つぶれるかわからないけれども。

ゼルダは前作の夢幻の砂時計をやったが、
タッチペンのみの操作は新鮮で確かに面白い。
が、昔ながらの人間としては、この路線でいくのは少々さびしい。
なんというか、操作がダイレクトに伝わらず、
ラジコンを操作している気分になる。まどろっこしい。
マリオもそうだが、十字キーだと、細かい微妙な操作も
反応してくれるので、一体感という意味では
十字キーの方がいいな。
いや、確かに快適で面白いんだけど。
まだ数時間だが、前作より難しくなっている気がする。
後、音楽は間違いなく今作の方が良い。
冒険している気分になる。
ケルティックの雰囲気がどことなく漂う。
任天堂はサントラ出さないので残念だ。
(FFのケルティック・ムーンを思い出した。昔は
FFのCDも買ってたなあ。Vocal Collectionも買ったわ。
ゲームブックも買っていた。あれはFF1か2だったかな?
天野さん絵のジグソーパズルも買った覚えがある。
FF大好きっ子だったのにな。デパートでFF5のプロモ映像を
弟と一緒に見てて、「音楽すげーかっけえ」とか
言ってた頃が、自分の中で一番盛り上がってた時期だ。。)

極限脱出 9時間9人9の扉は、チュンソフトのアドベンチャー。
チュンソフトのアドベンチャーは、かまいたちの夜以来だ。
何故か惹かれて購入してしまった。
これもまだ序盤なので、初見の印象でしかないが、
Saw的な要素を盛り込んだゲーム。
9人の男女が密室に集められ、極限状況の中で脱出を図る
(そのまんまやん。)
シナリオ分岐があるので、結構長く遊べるかもしれない。
シナリオの評価はまだ序盤なので、なんともいえない。

要は堀井さんが、ポートピア連続殺人事件2を出せばよいのだ。
犯人はヤス。

2009/12/17

究極幻想

マリオを脇でやりながら、究極幻想13のフラゲ配信を見ていたら
寝不足で眠い。ことあるごとに別件で睡眠不足なのだから
睡眠不足が常態だということです。

昔は意味がわからず、睡眠薬になっていた
『存在と時間』や『差異と反復』が
なんとなくなじむようになってきた。
ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』は
当時から面白い本だったが、今読むと味わいも
変わるのだろうか。

青森の友人が「最近ようやく構造主義がわかるようになった」と
言っていたが、年を経ないと理解できないものがあるようだ。
当時の文学部の同級の中では、哲学好きはそれほどいなかった。
近しい仲間うちでバルトだとかポスト構造主義だとか、デリダとか
わいわいやっていたが、理解できていたとは到底思えない。
ある人の長年にわたる思索の結果表出されたものが
若冠20歳前後の人間に完全に理解できると思う方がおかしい。
Exit・・Exit・・

ふとそんなことを思い立った(思考の流れを小説にする・・ブロンテ
失われた時を・・・、フォークナー、おお思い出した面白い小説
だった・・ナブコフ)が、話は「究極幻想」だ。
究極幻想13は畸形の申し子と言える。この幻想は製作者の限界をも
露呈し、いびつな世界観を構成している。映像の限界、思索の限界、
想像力の限界、物語の限界など、
語りうるべきことはいくらでもあるが、
究極幻想の信者だった者にとっては、この系譜が「正統」になって
しまっていることに落胆と失望を感じるのだ。畸形のgameには
裏道を歩いて欲しい。好事家に評価が高ければそれでいい。

2009/12/16

New Mario Wii

店をかけずり回ってソフトを確保し、
WiiとモニターをAmazonで注文し、今日到着したので
組み立てていたら、モニターとWiiが接続できないことが判明。
方法がないかどうか調べたが、アプコン機を買わねばならないようで
ふんだりけったり。
今日の夜、新大久保のドンキに行って液晶テレビを買うつもりだが、
モニター代高くついちゃったな。せっかくいいの買ったのに。
まあ、PCを買い換えるときに使えるか。
後は延長コード。部屋が狭くなる。

この前受けた試験に受かったのはいいが、
一週間勉強しただけで受かる試験ってどうなの?とか思ってしまった。
今年はしょっぱいのしか取れなかったけど、
来年はもう少しマシにしたい。

2009/12/13

洗濯屋、まりも、ハシモトセイコ、そしてチャリオット

出会いがしらにケリから入る団体はなかなかないだろう。
本当に理不尽な団体だが、その理不尽さがとてもいい。
バカしかいないが、それがいい。
秩序だとか、論理とか理屈とかが全くないのがいい。
あるのは、先輩がえらい、歌が上手い奴がえらい、めしをたくさん食べる奴がえらい
ばかをやれる奴が一番えらい、という単純な立法だ。
気取った奴がいないのがいい(いるとすれば、この私)。

名前も知らない後輩たちと円陣を組んで、早稲田の栄光を歌う。
非日常的な空間が、少しの間、孤独を忘れさせる。

池袋-ある料亭で


※洗濯屋・・・飲み会の際のコールの一種。一枚づつ服を脱いでいく。
  まりも ・・・脱いでから・・・以下略
 ハシモトセイコ・・・以下略
 チャリオット・・・以下略

2009/12/11

師走のコンフェッション

タイトルに沿う文章を書いていましたが、あまりにもひどいのでやめました。

部屋を少しだけ片付けましたが、それでも雑然とした感じで
だめですね。
師走は確かに忙しくて、寝不足、寝不足。
勉強しなくちゃなーという思いだけ、先行して
勉強してないという。なんだかつかれてしまった。
マウスも壊れるし、無線のくせに使いづらいし、
マリオWii買いたいのに、買おうと思うときと
買おうと思わないときの差がはげしいなー。
なんでこんなに部屋が汚くなるのか。
2010年か。がんばらないとな。

なんとなしに、中学・高校の友人の名前検索したら
千葉大の助教になってるし、なんだか唖然としちゃった。
当時は抜きつ抜かれつだったのに、とんでもない差が
ついちゃったなあ。遠い親戚でもあるけど。
元気にしてるかな?

2009/12/05

氏名の移り変わり(憑依について)

ある特定の個人の姓と名が、別人の姓名に移り変わること。
その名が、その個人を表さず、別人を想起させること。
その二重写しを重ね合わせたまま、直視すること。
直視された統一体を、あるがままのものとして幻視すること。

2009/12/02

Tu fui, ego eris.

『万延元年のフットボール』は、
私に小説家の道をあきらめさせた作品だ。
私が常々書きたいと思っていたことが
「既に書かれて」しまっていること。
それも当時の自分と比べて圧倒的な筆力で。
私は完全に敗北したことを実感し、あきらめてしまった。
どの分野でもそうだが、本物の天才には、
凡人では到底太刀打ちできない凄みを感じるものだ。
彼が私にとってそうだったのだろう。
逆を言えば、自分をそれほどの存在(ライバルは大江)だと
高く見積もっていたことになる。
今思うと、本当に傲慢で滑稽だったというしかない。
eitelkeit(アイテルカイト=虚栄心)は、
自分用の戒めとして、
自分の携帯アドレスの一部にも採用しているが、
この言葉を反復することで、恥ずかしさとともに
自らのエゴの浅薄さを自分の心に打ち込むよう
自己暗示・自己洗脳をかけている、
とでも言おうか。

それでもなお「書くことが残っている」と信じることができる
人間だけが、ものを書き続けることができるのだろう。
自分にとってはその信念を信じることができなかった。
逆説的に、否定を書き連ねることでしか、私の言説は存在できない、
過去の自分はそんな風に結論づけて、
打ちひしがれていた、ように思う。
友人からは「そんなに深刻になるなよ」と慰められたが
理屈ではない空虚感が漂っていたのは事実だ。
短絡化する思考の中で、
『1984』のニュースピーク、ダブルシンクに
納得してしまう心の弱さが、私に語りかける。

「私はあなたであった。あなたは私になるだろう。」

2009/12/01

12月購入予定

・液晶テレビ   10万前後
・ノートPC     10~20万
・iphone      3万~4万?
・枕         5千
・敷布団・掛け布団 2万
・New Mario   5千
・Wii        2万
・DSiLL       2万
・Zelda       5千
・N64        5千
・シレン2      6千
・Wifi 接続機器  2千
・非常食 1万
・無線マウス    5千

合計金額は考えない。

2009/11/22

供述によると

彼は腕を痛めていたという。足をくの字に曲げて、
半ば永眠するかのように、うめき声とも、叫び声とも言えないような
弱弱しい声で呟くその姿を見ながら、僕は自分の任務を忘れて
しまいそうになった。彼はその偽善的な憐憫の情をさとったのか、
にやりと唇を引き攣らせ、鼻をすすりながら、うめくのだった。
彼の横臥する白い床は、体温で温まりはしない。
-どうですか、話す気になりましたか。
答えは期待していなかったが、儀礼的な問いを与えることは
彼が生きていることを確認する意味でも必要なことだ。
彼はぎろりと僕を睨み付け、一言呟いた。
-あれを、見ろ。
彼は視線を送り、天井の染みを凝視していた。

2009/11/19

寝不足

寝不足すぎる。
時間が足りない。どうすれば時間が増えるのか。
昔、馬鹿なことを考えて時間を微分し続ければ
すなわち無限だとか言って、悦に入っていたことがあるが
そんな気持ちだ。時間が増えて欲しい。
眠らないで済む生活を送りたい。

ふと、寂しさを感じてしまった。
不自然に躁になったりする。声が上ずってしまう。
焦点が合わない。
木っ端微塵、竹林孵卵、そして爆発。

2009/11/10

アニマとアニムス

頻繁に夢を見る。
その夢は、
夢に接続したときに、ひたひたと広がり、
あたかも、かつてから存在していたかのような
現実性をもってあらわれる。
永久に年を取らない人々の、壊れたワルツ
じくじくと焦がれ、焼かれ、
このモチーフは幾度となく繰り返された。
各人は、個人に宿る高天原を、
他者と接続しえぬ夢を、
訥々と語るのだ。

2009/11/02

ウィルスの飛沫

目の前でウィルスが飛び交っている。
脳の付け根が痛いのだが。
バファリンといえども、限界はあるのだ。
何故私は、この位置でウィルスを浴び続けているのだろう、
困ったことに。

いきなり血管が切れるのではないか。
メタファーではなく、物理的に。
破裂する意識、破裂する視覚。
色彩揺れるアラハバキ

2009/10/28

『新世界よ、滅びよ』の著者、アイテルカイト

彼のことを異端者と呼ぶのは容易い。特殊な表現技法を持った作者だ。
シーンを切り貼りして静的なリズムから動的なリズムを強制的に生み出す
手法は、追随者がほとんど現れないことからもわかる。模倣者はその動き、
表現を逐一追っていくことで、彼の表現が「新しい」が「組み合わされた」もの、
既に、あるものを連結させ、「異質な」表現に変容させていることに気づく
だろう。模倣は、技術を向上させる最も直接的な訓練だが、彼の表現を真似た
ものは、連続性がないことに唖然とする。突拍子もないところから
現れ出る、多次元的手法は、読む者の想像性、連続性を徹底的に拒絶する。

『新世界よ、滅びよ』はそれが最も端的に現れた作品だ。今となっては
彼の作品群の中でも稀少価値が高いことで有名な短編だが、内容については
書評家、批評家が詳しく述べているので、ここでは敢えて語ることもないだろう。
(1999年の「新世界」論争は10年経った今でも、記憶に新しい。)
鮮血に彩られている装丁を見て、読者は「拒絶」か「受容」かの
二者択一を迫られる。

2009/10/23

言葉の弱さ

言葉の弱さというものを感じた。
強い言葉の弱さをむしろ。
強い言葉を放つとき、その言葉は全て
自己にも問われていることを忘れがちだ。
その言葉に耐えられる精神でありたい。

(自我は憑依して、隙間の弱さです。)

何故起こしてくれなかった!という婆様への恨みの夢。
他人に憑依して、その弱さを知る。

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一人カラオケを再開してみようと思う。
高田馬場にいたころは暇つぶしによく行った。
2時間で声がつぶれる。
ちょっと鍛えるか。

2009/10/14

10月11日 第2日目 青森市観光














○大間のマグロ
 私はイクラ丼を食べたが、わさびと醤油をかけすぎて
 大変なことになった。うにといくらとまぐろとほたて。
 色々と分厚い。恐らく筆者史上最高の海鮮だった。
 中には、2杯目に向かった猛者も。

○青森に千年王国があった!?
 われわれは目撃した。
 ピラミッド型の巨大なミレニアム=カテドラルが建設されているのを。
 函館からの悪魔襲来を防いでいるのか!?それとも…。
 
○天国、ヘブン、あるいは桃源郷
約束の地ともいう。
 ススキがそよぎ、永遠の時を重ねるエルドラド、AOMORI

○廃墟
 廃墟マニアにはたまらない。カモメ。波。八甲田丸の浸水。
 津波に飲み込まれたくなる。


PS:おみやげが欲しい人は個別に対応します。(要相談)

2009/10/12

10月10日 第1日目

8:30- 起床 前日何も準備していなかったので、おおわらわ。
10:00- 東京駅到着 だれも待ち合わせ場所にいない。
      はめられたとのかと思ったが、ホームに一人発見。
      他の奴らは、自分より遅かった。
10:28- 東京駅出発 新幹線が八戸までしかいかないことに
      愕然。いまごろ気づく。やる気がない。
      人となりを知っているから、ほとんど気兼ねしないのがいい。
      職場では素の10分の1も出していない(出せない)ので、ほっとする。
      馬鹿なことを言いまくりつつも、
      眠いので、うつらうつらしながらファイアーエムブレムと
      女神転生の話で盛り上がる。リフとジェイガンと私。
13:45- 八戸到着。乗り換えで、青森まで。
      ここから1時間以上かかるとは。青森、恐ろしい。
      風景が懐かしい。ススキと田んぼと松林。
      「なんという天国。ヘブンであり、桃源郷。エルドラドはここに・・!」
      と呟いたら、唖然とされる。
15:30- 青森到着。県庁所在地なのに、手動改札なのは、いかがなものか。
      青森国際ホテルに到着し、先行組と合流。
16:00- 余興の打ち合わせ。賛美歌を歌うわけだが、会場が広すぎる。
      250人招待とか、どこの芸能人だよ。
      声量が足りないので、マイクを使用することに、
      ハモリとピッチはOK。後は本番酔いが回っていれば、なお良い。
      何気にお車代が出たのは、金欠の自分にとってかなり助かった。
      大変だったろうに。
17:00- 披露宴開始。最後尾なので、こちらの席から二人の姿は遠景のみ。
      色々と思い出す。彼と初めて会ったときは、なんて理屈っぽい奴
      だと思ったものだ。
      慙愧の念。懐かしさと共に、もう二度と戻らない日々なのだと
      思うと、いろいろなものがこみあげる。
17:30- 校長の話が何気に面白い。なぜかどんどん押しているので、
      これは長丁場になりそう。
19:00- ビデオレターやら、余興やらがいちいちシュールで、受ける。
      彼の勤めている高校の先生たちの寸劇がやばかった。
      こんな馬鹿をやれる高校教員がいるとは、なかなか青森も
      捨てたものではない。 
20:30-お色直しの新郎新婦入場で、賛美歌を歌う。思ったよりまとも
      だったので、ほっとした。
21:00- 4時間にわたる披露宴もようやく終わりに向かう。
      4時間という長さを感じさせない非常に完成度の高い宴だった。
21:15- 2次会をやる前に、宿泊先「ハイパーホテルズ パサージュ」
      に向かう。ハイパーがついているため、いかがわしさが爆発
      している。卒論で使ったベンヤミンの『パサージュ論』を思
      い出した。
21:30- 2次会の前に腹ごしらえしたいという奴らが現れる。
      どんだけ食べるの。
23:30- 2次会終了。続いて、3次会突入。
1:30-  3次会終了。カンボリオ家のお茶会のように、グダグダ。
      だが、それがいい。懐かしい単語がぽんぽん出てきて、
      タイムスリップしたかのような錯覚を覚えた。
      ※カンボリオ家のお茶会とは?・・・遠い昔、とある留年組が
        シャノアールで結成したお茶会。週一回、無駄に集まって飲む。
        カンボリオ家は、ガルシア・ロルカの詩から。
      青森の丑三つ時は、非常に寒く、コートを持ってきて良かった。
3:30-  テレビショッピングを見ながら、就寝。ひさしぶりにテレビを
      見た。奇しくも『ヴィヨンの妻』の宣伝をやっていた。
       駄目人間にも光を与えて欲しい。

2009/10/02

音取り

何年ぶりだろうか、音取りを行う羽目になった。
パー練もする。今回は人数が少ないので二部合唱になると思うが
下手すると、ユニゾンにして音の厚みを加えた方が良いかもしれない。
ベースが2名、テノールが3名だから、バランスは良い。
もう昔のセンスは無い。声も衰えて高音も出なくなってしまった。
ピアニカを片手に学館で奇声を張り上げていた時代は終わった。
深夜、戸山公園で再オーディションを受け続ける時代は終わった。
絶対的な天才に敗北した者としては、昔を懐かしむのも
苦い過去を振り返ることになってしまうが、今となっては笑い飛ばしても
罪は無いだろう。
 和音は倍音を暖めてくれるだろうか。

2009/09/29

ストレンジジャーニー

atamagaitai...
taihennakotoninarisoudayo!

入園料400円だったか、
新宿御苑で転げまわったあのころ、
薄日が差して…

風車を回して
雷門をのたうちまわった、
足が重くなって…

喫茶店で休んだ
 蕎麦だったかうどんだったか
竹橋は…

渋谷…新宿…馬場…COTTON CLUB

2009/09/26

そのとき、歴史が・・

この歳になって、ゲーム熱が過熱している。
もう戻ってこれないかもしれない。

頭が重い。体が崩れる。
視線は・・
これが、

2009/09/18

無限の原田知世

結婚式でそんな話題が出た。
平行世界における原田知世の数々。
万感の思いを込めて、原田知世は駆け抜けるのだろう。

2009/09/15

1/3の純情な感情

特定の3人に3分の一ずつ感情を振り分ける
天網恢恢疎にして漏らさず
悪事千里を走る

悪いことはできない。否、悪いことはしていない。
と開き直る。

2009/09/10

新宿の夜

あてもなく、ぶらぶらと
新宿、歌舞伎町、新大久保あたりは言語がちがう。
カオスな空気感がたまらない。

2009/09/07

うっぷんを晴らす

廃人の生活を偽装していると、徐々にパンデミック。
なんだかパンデモニウムみたいですな。

FF2のパンデモニウム城にいたクアールがトラウマ。
猫のくせに強い。

2009/09/03

油断の末路

がいこつまおうを甘く見て
接近戦を挑んだところ、特殊攻撃でおにぎりにされ、
復活の草を持っていたにも関わらず撲殺される。

何もできずにダメージを受けるのを見続けるということ。

他の武器・盾・道具の引きは良く、
やまびこと地雷ナバリがあれば、突破の確率は非常に高かった。
必中・かまいたちを持っていて敗北を喫するのは
精神的にかなりダメージを受けたと言わざるをえない。
モンハウ突破したときは、いけると思ったのだが。

2009/09/02

しあわせのくつは、なぜしあわせなのか?

歩くと経験値が上がる。
レベルも上がる。
レベルが上がると、なぜ幸せなのか。
私も歩いていると、経験値が上がっているのか。

足踏みして、カウントする喜び。

2009/08/31

やりすごし

ラナルータという呪文がDQにある。
昼と夜を取り替えるが、時は進まない。
同じ昼と夜を繰り返す。

時の砂。戦闘を巻き戻す。

ほんの少しの差異が時間軸をぶらす。
人類の悲願なのかもしれない。

2009/08/29

身代わり

家のPCがフリーズして画面が真っ暗になった。
これは呪い。
起動しないので、こちらも呪い返す。

呪いの解放には時間がかかる。

2009/08/28

いちじしのぎ

チョコラBBは味が薄いが、さわやかな飲み心地。
リポビタンDスーパー2000は、みなぎる力、というやつか。
ヘルシアスパークリングは、炭酸系。

立方体の白い部屋。よく見ると模様が描かれている。初めて気づいた。
二拍三連符のリズムは、慣れるとくせになる。
「記憶の人、フネス」、ふと思い出した。

2009/08/27

かなしばり

有線マウスが壊れたので、無線マウスを購入した。ブイブイ言わせてる。
殺伐とした雰囲気になって、ちょっと悲しい。
「らりります」という新語を聞けて、感動した。

2009/08/26

スキャンが回っている。

スキャンが回る。
回るスキャン。
すかんぴん。

DQ9のパーティは、

まじぎぶ まつかた よよ りのあ の4人から

まじぎぶ よよ りのあ ぷろく の4人になった。

まつかたは解雇。

2009/08/25

ブログはじめました

とりあえず、手の甲にボツボツができている。
直ればよいのだが。

強強打破とブラックコーヒーの組み合わせが悲劇を生んでしまった。