2010/04/12

葉桜の季節に異邦人を想うということ

恒例の花見に行ってきた。
今回は見知らぬ人々が増え、Kさんには
「アウェー感が漂ってるね」と揶揄されたが、
まさしく実感はその通りであった。
自宅と職場の往復でしか、アイデンティティーを保てない者は
どこにいこうとも、誰に会おうとも、
ストレンジャーでしかないのである。

井の頭公園の葉桜は美しかった。
花びらが初春の風に揺られて
空気のさざなみの間を、
無軌道にたゆたっているさまが美しかった。
薄桃色の花びらが、ありふれた風景に色彩を添える。
私に見えた光景は淡い過去の一幕であった。
桜もどうしたわけかストレンジャーだったので、
同類のよしみで助けてやった。

蜘蛛の糸のような集いに、
Kさん、Sさんに会えたのは僥倖だった。
二人がいなければ会話が持たなかっただろう。
運がよかった。

酒が入り、アルコールが身体を侵食し、
毛細血管の隅々にまで染み渡るにつれて
身体の機能が鈍重になる。
あわれ。私の肝臓は死んでしまっているのに。
(それほど飲んだつもりはなかったが、今文章を書いている
 このときまで、酒が残っている。頭が痛い。)

違和感を携えながら、この花見に参加できたのは
日々の生活に慣れきっている身としては、新鮮であった。
さればこそ、この違和感、異邦人の心境は失うべきものではない。
異邦人同士はわかりあえないからこそ、異邦人なのだ。

葉ざくらや人に知られぬ昼あそび(永井荷風)

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