彼のことを異端者と呼ぶのは容易い。特殊な表現技法を持った作者だ。
シーンを切り貼りして静的なリズムから動的なリズムを強制的に生み出す
手法は、追随者がほとんど現れないことからもわかる。模倣者はその動き、
表現を逐一追っていくことで、彼の表現が「新しい」が「組み合わされた」もの、
既に、あるものを連結させ、「異質な」表現に変容させていることに気づく
だろう。模倣は、技術を向上させる最も直接的な訓練だが、彼の表現を真似た
ものは、連続性がないことに唖然とする。突拍子もないところから
現れ出る、多次元的手法は、読む者の想像性、連続性を徹底的に拒絶する。
『新世界よ、滅びよ』はそれが最も端的に現れた作品だ。今となっては
彼の作品群の中でも稀少価値が高いことで有名な短編だが、内容については
書評家、批評家が詳しく述べているので、ここでは敢えて語ることもないだろう。
(1999年の「新世界」論争は10年経った今でも、記憶に新しい。)
鮮血に彩られている装丁を見て、読者は「拒絶」か「受容」かの
二者択一を迫られる。
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